




田中裕子は、デビュー間もなく『北斎漫画』(1981年)で、父・葛飾北斎(緒形拳)に生涯寄り添い、叱咤激励する娘役を演じた。あどけなさの残る初々しい娘が、やがて妖艶な大人の女に成長し、最後には老女となっていく。弱冠26歳で演じたその役柄は、のちに彼女が歩むことになる女優としての道のりそのものでもあった。
『ええじゃないか』(1981年)のお松や『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(1982年)のマドンナといった娘役からキャリアをスタートさせた田中は、続く『天城越え』(1983年)と『夜叉』(1985年)で、魔性の香り漂う妖女を堂々と演じきり、女優としての地位を不動のものとする。両作における、男たちを惑わせ狂わせる田中のファムファタールぶりは、長く記憶に刻まれる名演と言ってもいいだろう。
その後は、久世光彦演出の「向田邦子新春シリーズ」で、平凡な市井の女を非凡に演じてお茶の間を十数年にわたって毎年唸らせ続け、脇役が多くなった今でも、『はじまりのみち』(2013年)や『家路』(2014年)の老母役などで確かな存在感を示している。『はじまり〜』などは、ずっと寝たきりの役なのでほとんど表情と台詞のみの演技なのだが、それでも物語のカギとなる役割を十全に果たしているところはさすがである。
ひとりの女優が年齢に応じて少女・妖女・老女という経歴を重ねていくこと自体珍しいことではない。だが、その時代時代の旬の監督や俳優と組んで、着実に代表作をものにしている女優となるとそう多くはない。田中の場合、2005年に各賞に輝いた『いつか読書する日』と『火火』での主演も含めて、前述のように20代から50代まで、各年代に高評価の作品がコンスタントに並んでいる。
そんな彼女の近年のベストを選ぶとするならば、『共喰い』(2013年)の母親役をあげたい。原作は芥川賞を受賞した田中慎弥の同名小説で、性交中に暴力を振るう父親の血が自分にも流れていることに煩悶する青年の物語である。こういう原作の脚本は荒井晴彦しかいないだろうと思っていたらやはりそうで、加えて監督は青山真治、父親役は光石研とクレジットがなかなかシブい一作なのだが、中でもドスの利いた田中の芝居はひときわ味わい深い。
主人公(菅田将暉)との微妙な距離感がある会話や、異様な家族関係を諦念をからめて淡々と語る様はもちろんのこと、自ら営む魚屋で黙々と魚を捌く手際や、左手が義手なので右手だけでショートホープを取り出して吸う仕草など、細部にまで行き渡った田中メソッドに圧倒される。
とりわけ、「なんであん時やらんかったんかち、いまでも不思議なそ」と、怪物じみた夫をかつて殺さなかったことを悔やむシーンが秀逸だ。悔恨を心底に溜め込んだその姿には、かつて仕留め損なった白い巨鯨を追い続ける船長のような狂気すら滲む。そういえばあの船長は義足だったが彼女は義手なのだな、などと止めどもなく勝手な妄想が膨らんでいくほどに、本作での田中の演技には凄みと厚みがある。ようやく還暦を越えた女優・田中裕子の老女時代はまだはじまったばかりだ。
次回は「風間杜夫」を予定しています。
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