掲載:2018年2月15日
最新作『TAP THE LAST SHOW』(2017年)の陰鬱で屈折した酒浸りの水谷豊にシビレた。テレビドラマでも、映画でも、陽性のお行儀のいい水谷しかもう観られないのだと半ば諦めていただけに、この作品で彼が演じた若い頃の挫折を引きずるジャックダニエル中毒の老タップダンサー役には、どこか懐かしい不良の匂いがして嬉しくなった。
水谷が憂いと含羞の入り交じった暗い光彩を放っていたのは40年も昔の話だ。萩原健一とコンビを組んだテレビドラマ『傷だらけの天使』(1974年)をはじめ、『東京湾炎上』(1975年)のテロリスト役や『青春の殺人者』(1976年)の両親を殺害してしまう青年役など、剥き出しの刃物のような危なさと捨てられた子犬のような哀愁を併せ持った独特な演技は、多くの人々を魅了して止まなかった。
その後の水谷は活躍の場をテレビに移し、それに伴ってこういった陰のある芝居は徐々に少なくなっていく。映画では、30歳前後に『幸福』(1981年)と『逃がれの街』(1983年)の2本に主演してからは、50歳代の『相棒‐劇場版‐絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン』(2008年)まで、実に25年間ものブランクがあった。
『相棒』の杉下右京役は、水谷にとって最高のあたり役となった。彼が作り上げた、この知的で気障でウィットに富む和製シャーロック・ホームズは、いまや国民的キャラクターとして圧倒的支持を得ている。組織からはみ出した変わり者の刑事を、奇をてらわず、あくまでも明るくソフトに、正義の人として演じる力量はやはりさすがである。『王妃の館』(2015年)で狂言回しを務めた作家役も、凄まじい色彩感覚の衣装をまとったかなりの変人ぶりだったが、観客が引いてしまうほどの芝居には決してならない。『HOME 愛しの座敷わらし』(2012年)や『少年H』(2013年)で演じたやさしい父親役となれば尚更のことで、硬軟いずれの役柄であっても、水谷が演じれば品があって観やすくなる。
これからも彼はこの路線を歩んでいくのだろうと、誰もがそう思っていた。それだけに、監督まで務めた『TAP』のやさぐれ芝居には正直驚かされたのだが、40年間温め続けた悲願の企画だという本人の弁を聞くと、不良の水谷豊が彼の中で密かに生き続けていたことに得も言われぬ感慨がこみ上げてくる。ウイスキーを浴びるように飲みながら、刃物の代わりに杖を振り回し、ケンカではなくタップで、鬼軍曹として稽古場で若者たちをシゴキ上げる水谷はたまらなくカッコいい。
不良とは、良識を自認する世間側からの一方的な見方に過ぎない。本人にとってはひとつの生き方を貫いているだけという場合もある。だとしたら、素材にこだわって上司の命令に刃向かう『HOME』の食品開発責任者も、戦時下で特高に拷問されつつも家族を守ろうとする『少年H』の仕立屋も、そして警察組織の中で飄々と自分を貫く杉下右京も、すべて不良に見えてくる。
ソフトであろうがなかろうが、明るかろうが暗かろうが、この40年間、実は水谷豊は何も変わっていないのかもしれない。トウモロコシが主原料でありながらバーボンとはまた違う独自の製造法を守り続けるあのテネシーウイスキーのように。
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