年金講座

筆者プロフィール 長沼 明(ながぬま あきら)

浦和大学総合福祉学部客員教授。志木市議・埼玉県議を務めたのち、2005年からは志木市長を2期8年間務める。日本年金機構設立委員会委員、社会保障審議会日本年金機構評価部会委員を歴任する。社会保険労務士の資格も有する。2007年4月から1年間、明治大学経営学部特別招聘教授に就任。2014年4月より、現職。主な著書に『年金一元化で厚生年金と共済年金はどうなる?』(2015年、年友企画)、『年金相談員のための被用者年金一元化と共済年金の知識』(2015年、日本法令)

 年金を受給しながら、のんびりと生活しようと人生設計を描いていた人ですが、年金収入だけでは生活は厳しく、また働き始めようか、と思ったそうです。
 とすると、もらっている年金は、いつから支給停止になるのか? 受給している年金は、働き始めたその月から支給停止になるのか、ということが疑問にわいてきたそうです。 
 今月は、在職老齢年金の支給停止の始まりと終わりについて、そして来月は、働いた期間の年金はいつから増額改定されるのか、について考えていきます。

支給停止の始まりと終わりについて
〜在老の始まりと退職時改定〜

(1)原則として、就職した日の属する月の翌月分から

退職した日の属する月分まで

厚生年金保険の被保険者になるのかどうか?

 リタイア(定年退職)していて、また働き始めたときに、もらっている年金が支給停止になるのかどうか?
 これを考えるときに大切なのが、厚生年金保険の被保険者になるのかどうか、ということです。働き始めたといっても、厚生年金保険が適用になるような労働時間で働かないのであれば、もらっている年金は支給停止の対象とはなりません。支給停止の対象とはならないということは、引き続き、全額もらえるということです。ただし、本人の希望で加入しないということはできません。厚生年金保険に加入する適用要件を満たしていれば、強制加入となります。
 同時に、医療保険は協会けんぽ(または健康保険組合等)に加入することになります。自治体の国民健康保険に加入していたとすれば、国民健康保険税(料)は、払わなくてすむようになります。

老齢基礎年金は支給停止の対象とはならない!

 次に、働き始めたときに、支給停止の対象となる年金についてですが、厚生年金保険の老齢厚生年金だけで、国民年金の老齢基礎年金は対象になりません。
 65歳を過ぎている人ですと、老齢厚生年金のうち、報酬比例部分だけが対象で、経過的差額加算(*)は支給停止の対象になりません。したがって、経過的差額加算は、全額支給されます。

*筆者は、経過的加算のことを経過的差額加算と表記している。
また、経過的差額加算については、『年金講座』2018年3月号の【図表3】老齢厚生年金と遺族年金のイメージ図をご参照ください。
▶/nenkin-kouhou/vol60/pro-lecture/pro-lecture-01.html#zuhyou3

退職日と喪失日は違う!

 ということで、働き出す、就職する、といっても厚生年金保険の被保険者にならないのであれば、老齢厚生年金は支給停止になりませんので、年金の支給停止のことを気にする必要がないということになってしまいます。
 そこで、本稿では、とくに断りがないかぎり、就職といえば、厚生年金保険に加入するということで、就職という言葉を使います。
 同様に、会社を辞める、退職するといえば、厚生年金保険の資格を喪失するという意味で使います。
 また、ちょっとややこしいのが、厚生年金保険の資格喪失日というのは、原則として、退職日の翌日ということになっています。
 つまり、平成30年10月31日に退職したということは、平成30年11月1日に資格を喪失するということになります。平成30年10月分の厚生年金保険料・健康保険料は納めるということになります。
 応用編ということではありませんが、平成30年10月15日に退職したとすると、平成30年10月16日に資格を喪失するということになり、平成30年10月分の厚生年金保険・健康保険の保険料は徴収されません。しかしながら、医療保険は、お住まいの自治体の国民健康保険に加入することになり、10月分から国民健康保険税(料)が徴収されるということになります(厚生年金を受給しているという人の話なので、60歳を過ぎているという前提で、国民年金については触れません)。
 余談ながら、月末に退職すれば、10月分の厚生年金保険料と健康保険料が徴収されるから、10月30日に退職したら、10月分の厚生年金保険料と健康保険料が徴収されなくてすむよ、と事業主に言われたときは、それはそれで事実なのですが、少なくとも10月分の国民健康保険税(料)は、その退職する人がお住まいの自治体に納付する、ということになります。
 1日だけだから納めなくてもいいのではないか、1日だけなのに、1月分納めるというのはおかしいのではないか、その月は全く医療機関にかかっていないのだから日割り計算にすべきではないか、ということで、市町村の国民健康保険の窓口でお話をされても、自己都合で退職され、国民健康保険の減免事由に該当するような退職の仕方をされていないのであれば、市長としての経験上、実務の世界では、自治体の対応はなかなか厳しいものがあるのではないかと思います。

いままで、働いていなくて、11月1日に就職した場合
 11月分の年金は、支給停止になるのか?

 いままで、年金生活をしていて、働いていない人が、平成30年11月1日から就職した場合を考えてみましょう。
 平成30年11月分の年金は支給対象となるのでしょうか、ならないのでしょうか?
 結論から申し上げて、この事例では11月分は支給停止にはなりません。
 該当する法律を見てみましょう。長くて込み入っていますので、支給停止の期間のことが記されている箇所のみを抜粋して掲載しました。(【図表1】参照)。

【図表1】老齢厚生年金の支給停止に関する規定

 −厚生年金保険法第46条および厚生年金保険法施行規則第32条の2−

厚生年金保険法

(支給停止)

 第46条 老齢厚生年金の受給権者が被保険者(前月以前の月に属する日から引き続き当該被保険者の資格を有する者に限る。)である日(厚生労働省令で定める日を除く。)が属する月において、(中略)、その月の分の当該老齢厚生年金について、(中略)支給を停止する。

厚生年金保険法施行規則

(法第46条第1項に規定する厚生労働省令で定める日)

 第32条の2 法第46条第1項に規定する厚生労働省令で定める日は、老齢厚生年金の受給権者が法第14条の規定により被保険者の資格を喪失した日(当該被保険者の資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日から起算して一月を経過した場合に限る。)とする。

 この事例の人の場合、前月(10月)は働いていません。就職していませんので、「前月以前の月に属する日から引き続き当該被保険者の資格を有する者」に該当しませんので、就職した月(11月)分の年金は、在職支給停止の対象とはなりません。翌月(12月)分から支給停止の対象となります(厚生年金保険法第46条第1項)。
 ただし、実際に支給停止になるのかどうかは、その人の標準報酬月額等(総報酬月額額相当額)と年金額(基本月額)によって、決まります。
 なお、本稿ではいずれの事例も、標準賞与額は直近1年間支給されていないという前提で記述してありますので、ご了解ください。

この人が平成31年3月25日に退職した場合、
 平成31年3月分の年金は、支給停止になるのか?

 それでは、この人が平成31年3月25日に退職した場合は、平成31年3月分の年金は、支給停止になるのでしょうか? それとも、3月分は支給停止の対象とはならないのでしょうか? なお、平成31年3月25日に退職したあと、もう勤務しない、就職しないというという前提になっています。
 【図表1】の厚生年金保険法第46条および厚生年金保険法施行規則第32条の2を踏まえると、退職した日が平成31年3月25日ですから、資格喪失日は平成31年3月26日となります。ということは、平成31年3月25日までは被保険者である日ですので、平成31年3月は「被保険者である日が属する月」、と解されます。
 したがって、平成31年3月分の老齢厚生年金は、支給停止の対象となります。
 ただし、平成31年3月26日が資格喪失日ですので、平成31年3月は被保険者期間に該当しません(厚生年金保険法第19条第1項「被保険者期間を計算する場合には、月によるものとし、被保険者の資格を取得した月からその資格を喪失した月の前月までをこれに算入する」)ので、平成31年3月分の厚生年金保険料と健康保険料は徴収されません。


 被保険者期間ではないけれども、在職による年金の支給停止がかかるというのは説明しづらいところです。


 なお、この場合の標準報酬月額は、前月(平成31年2月)の標準報酬月額を用いる、ということです

*筆者が調べたところでは、根拠条文については、必ずしも明確な根拠を見いだすことはできなかったが、保険料を徴収しない月の標準報酬月額で調整するのは不合理ということがあるのかもしれない。


 ということで、わかりやすい説明としては、老齢厚生年金が支給停止になるのは、「原則として、就職した日の属する月の翌月分から退職した日の属する月分まで」、と話したほうが、相談者には理解が得られやすいのではないかと考えています。
 【図表2】をご覧ください。

【図表2】

【図表2】

この人が平成31年3月31日に退職した場合、
 平成31年4月分の年金は、支給停止になるのか?

 それでは、ここで、話の設定が少し変わりますが、この人が平成31年3月31日に退職した場合は、平成31年4月分の年金は、支給停止になるのでしょうか?
 実は、ここが被用者年金制度一元化で、平成27年10月1日以後、変わったところです。
 平成31年3月31日に退職するということは、資格喪失日は、平成31年4月1日ということになります。
 資格喪失日は、原則として、被保険者である日には該当しません。したがって、4月分の年金は支給停止の対象とはなりません。ただし、この原則が認められるためには、「平成31年4月1日に資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして、4月1日から起算して1月を経過した場合」という要件を満たす必要がある(【図表1】厚生年金保険法施行規則第32条の2参照)、と筆者は解しています。
 法律の条文に引きずられて、単純に考えればいいことを、かえって難しく述べてしまいましたが、要は、月末(平成31年3月31日)に退職した場合は、翌月(平成31年4月)の期間中に、再就職していなければ、翌月(平成31年4月)分の年金は支給停止の対象とはならない、ということです。

 ということで、この人の場合、平成31年3月末に退職して、4月に再就職をしなければ、4月分の年金額は全額支給されるようになります。
 しかしながら、たとえば4月15日に再就職をすれば、引き続き平成31年4月分の年金は支給停止の対象となることになります(ややこしいのですが、この場合の支給停止に用いる標準報酬月額は、再就職後の平成31年4月の標準報酬月額を用いるのではなく、前会社の平成31年3月の標準報酬月額を用います)。

 ところで、平成31年3月末に退職して、その後再就職しないとすると、平成31年4月分から老齢厚生年金の年金額は増額改定されることになります。
 なお、すでに述べたように、平成31年3月末に退職するということは、平成31年4月1日が資格喪失日であり、平成31年3月分の厚生年金保険料と健康保険料は徴収されます(【図表3】参照)。

【図表3】

【図表3】

 その代わり、平成31年3月までが厚生年金保険の加入期間(被保険者期間)となり、その分が年金額に反映されるということになります。国民健康保険税(料)も平成31年3月分は、負担しなくてすみます。

 さて、年金額の額改定については、条文が異なりますので、また来月、(2)として述べていきます。

セミナーのご案内

 筆者がいつも年金の勉強をする際に、たいへんお世話になっている廣部正義先生の年金セミナーが、 平成30年12月7日(金)13:00~16:45に、開催されます。
 本稿で記したように、法律の解釈は難しいのですが、受講することで、法律の解釈の仕方が、たいへん身近になると思います。筆者も参加する予定にしています。
 詳細については、以下のHPからアクセスしてお申し込みください。
▶http://www.ken-nen.co.jp/down/academy201812.pdf


本稿を執筆するに当たり、埼玉県社会保険労務士会の林田正之先生から貴重なご指導をいただきました。
深く感謝申し上げます。
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