年金講座

筆者プロフィール 長沼 明(ながぬま あきら)

浦和大学総合福祉学部客員教授。志木市議・埼玉県議を務めたのち、2005年からは志木市長を2期8年間務める。日本年金機構設立委員会委員、社会保障審議会日本年金機構評価部会委員を歴任する。社会保険労務士の資格も有する。2007年4月から1年間、明治大学経営学部特別招聘教授に就任。2014年4月より、現職。主な著書に『年金一元化で厚生年金と共済年金はどうなる?』(2015年、年友企画)、『年金相談員のための被用者年金一元化と共済年金の知識』(2015年、日本法令)

 消費税の税率が8%から10%になったら、受給資格期間の25年を10年に短縮し、無年金者の一定の解消を図るという政策は、消費税率を10%に引き上げなくても、平成29年度中に実施するということで、準備が進められています。
 今月は、そんな情報を踏まえながら、現時点でわかっている範囲内の情報をお伝えしていきます。

受給資格期間が短縮された場合の今後の流れについて
〜平成29年8月1日施行とした場合〜

(1)これまでの事務の工程表の予定

 これまでは、消費税率が平成29年4月から10%になることを前提に、日本年金機構では、「受給資格要件の短縮に伴い、年金を新たに受け取ることができる方に対して、平成28年10月から平成29年3月にかけて、順次、年金請求書を送付し、請求勧奨を行う予定」(『年金時代』(社会保険研究所発刊)2016年3月号・32ページ参照)と準備を進めてきました。

事前受付を予定していた

 つまり、日本年金機構では、受給資格期間の短縮で、受給資格が発生すると見込まれる方に、平成28年10月以降、順次、年金請求書を送付し、勧奨を受けた方は、平成29年4月前であっても、その年金請求書に必要な書類を添付して、各年金事務所に請求書を提出することができる(事前受付の開始)、ということで作業を進めていました。
 提出を受けた年金事務所では、順次受付をし、届書の書類審査がすみ、受給権の確認ができた方には、平成29年4月1日に、老齢基礎年金または特別支給の老齢厚生年金等の受給権を発生させ、年金証書を送付し、その後、年金額を振り込んでいく、という予定でした。
 なお、この時点(平成28年1月時点)では、「【年間送付対象者数】は不明」とされていました。

この年金請求書は、ワンストップサービスの対象

 あわせて、この年金請求書(案)の【年金の請求手続きのご案内】の案文をみると(『年金時代』2016年3月号・32ページ参照)、「*共済組合等の加入期間がある方についても、年金事務所に年金請求書を提出することで、共済組合等に加入していた期間の年金を請求することが可能です。」と記されているので、ワンストップサービスの対象と予定されていたと認識されます。

 平成29年4月以後になってはじめて年金請求書の受付をするということですと、年金事務所の窓口は混乱しますし、そこから書類の審査をしていたのでは、実際に年金が振り込まれるまで、かなり時間がかかってしまいます。特定の一時期に業務量を集中させないで、仕事量を平準化するということは、限られた職員体制のなかで、当然考えられていかなければならない事項です。
 受給権が発生する前に、年金請求書を受理できるのかという疑問は生じますが、年金を受けられるという期待感も高まって、早く受給したい、早く振り込んでもらいたいという要求には、的確に対応していく必要があります。特例ということで、必要な措置は講じられていると認識していますので、日本年金機構のこの判断は合理的で適切な判断だったと筆者は思います。

(2)平成29年8月1日施行予定 −今後の見通し−

 「年金受給資格期間短縮の施行期日」は、法律案では、平成29年8月1日とされています(まだ、国会に正式に提出されたわけではありません、平成28年9月8日現在)。

対象者(見込み)は約64万人、財源は約650億円(満年度ベース)

 年金の受給資格期間が短縮になることで、あらたに受給権が発生すると見込まれている対象者数と満年度ベース(平成30年度)における必要な所要額は、【図表1】および【図表2】のとおりです。

【図表1】 受給資格期間短縮の対象者数(見込み)

【図表1】 受給資格期間短縮の対象者数と所要額

【図表2】 受給資格期間短縮に伴う必要な所要額(見込み)

【図表2】 受給資格期間短縮に伴う必要な所要額

 「期間短縮により、初めて老齢基礎年金の受給権を得る者」は約40万人であり、「上記のほか、特別支給の老齢厚生年金対象者等を含めると、対象者は約64万人」とされています。

初年度は平成29年9月分から支給(予定)で、平成30年1月分まで、必要な所要額は約260億円

 年金は、受給権の発生した日の属する月の翌月分から支給されます。今回の年金受給資格期間の短縮が、平成29年8月1日に予定どおり施行されたとしますと、【図表3】のように、事務作業は進んでいくものと思われます。
 つまり、平成29年8月1日に受給権が発生しますと、翌月の9月分から支給されることになります。事務手続きが順調に進めば、平成29年10月13日(金曜日)に振り込まれることが予想されます(【図表3】
 無年金者の解消は、関係する人の期待感も高く、日本年金機構ではなるべく早く振り込める体制を整えるべく、準備作業を推進しているものと思います。

【図表3】 平成29年8月1日に施行されると、
平成29年10月13日(金)に振り込まれるのは、9月分の1か月分のみ

【図表3】 平成29年8月1日に施行されると、10月13日(金)に振り込まれるのは、9月分の1か月分のみ

必要な所要額の約260億円は、 埼玉県志木市の1年間分の予算額を超える!

 今回、受給資格期間の短縮による必要な所要額は、5か月分だけでも、約260億円とされています。消費税率を引き上げないで、どのように財源を確保するのか、詳細な報道はされていません。
 実は、約260億円という金額は、決して少ない金額ではありません。私が市長をつとめていた埼玉県志木市(人口約7万4千人)の平成28年度の予算をみると、平成28年度一般会計は約221億円という予算規模です。約221億円の予算で、約7万4千人の市民の、1年間に必要な教育費から保育園の運営に必要な費用、また高齢者福祉から生活保護に必要な費用まで、さらには都市基盤の整備に必要な費用など、すべてを含んだ予算が約221億円なのです。したがって、5か月分だけとはいえ、財源として約260億円が必要というのには、たいへん驚いていますし、通年ベースでは、約650億円が必要ということですので、財源の確保が本当に心配されます。

なぜ、平成30年1月分までの、予算額の計上なのか?

 年金の支給月は、原則として、偶数月の15日ですが、あと払いとなっていますので、平成28年10月14日(金曜日)に振り込まれる支給される年金は、平成28年の8月分と9月分ということになっています。
 今回の年金受給資格期間では、平成29年8月分の支払いはありませんので、平成29年9月分のみとなっています。
 【図表4】に年金の支給となる対象月と年金が振り込まれる支給期日について関係を示しましたので、ご参照ください。

【図表4】 年金の支給対象月と振り込まれる時期

【図表4】 年金の支給対象月と振り込まれる時期

 なお、平成30年2月分・3月分の年金は、平成30年4月13日(金曜日)に支給されますので、必要な所要額の計上は平成30年度予算になります。
 そのため、今回は5か月分の所要額の計上になっていると認識しています。
 したがって、1年間の満年度ベースでは、約650億円の所要額が必要になるという見込みだと認識しています(【図表2】受給資格期間短縮に伴う必要な所要額 参照)。

(3)寡婦年金は10年に受給資格期間が短縮! 遺族基礎年金については従来のまま

 年金の受給資格期間の短縮については、国会で可決してから、動き出していたのでは、事務的には間に合いません。
 日本年金機構や共済組合はもとより、年金相談の対応をする金融機関等の窓口も同様です。
 新聞やテレビの報道がでると、それに対する質問が寄せられたりしますので、しっかりと知識を持っていることが必要です。
 いずれにしても、可決成立することを前提に、『年金機能強化法』の再勉強が必要と認識しています。
 参考となる図書で一番信頼できるのは、『年金制度改正の解説-「年金機能強化法」による改正点の解説- 平成26年4月改訂版』(社会保険研究所刊)と私は思います。

▶ http://www.shaho.co.jp/shaho/shop/detail.php?no=100

 なお、遺族基礎年金については、従来のままです。長期要件による遺族厚生年金も、従来のままです。
 一方で、寡婦年金は受給資格期間の短縮の対象となる給付になっています。
 特別支給の老齢厚生年金や経過的職域加算額(退職共済年金)も、10年の受給資格期間で受給権が発生します。
 詳細については、今後、順次お伝えしていきます。
 年金相談のニーズがまた高まるものと思います。

(4)今後の焦点は、年金請求書がいつ送付されるか?

 さて、今後の焦点は国会でいつ法案が通り、日本年金機構から年金受給資格期間の短縮で、受給資格が発生することが見込まれる方に、いつ頃、年金請求書が送られるかだと思います。
 注意をもって見守りたいと思います。

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